優勝するためには負けられない青森星蘭高校との戦いは1-1で残り7分になり、決着へと進んでいく。日本のサッカー史に残る戦術の一つであるN-BOXで襲いかかってくる青森星蘭に対して葦人は覚醒していく。「矢印」を見ろという阿久津のアドバイスを活かし、中に入ったことによって逆サイドまでを生かすことができるようになってきた。一人ではどうにもできないこともあり大きなパートナーとなりつつある阿久津に任せるところは任せて自分は中で試合を作るサイドバックとしてチームメイトと交わっていく。これまでの葦人の努力が実を結び始めてきた。
サッカー関係ない時の、素の顔をずっと見てきたから、わかるんよ。わかる
うまくなるためなら、何も怖くない人間です。
相手の迷惑なんて関係なく、誰にでもガツガツいきます。
だから阿久津…サン。プレーだけでひととなりどうでもいいってとこだけは、違うんやないかな。だって、人間がサッカーするやから。セレクションで絶望した、サッカーサイボーグやと思ったみんなはーー普通の人間やったから。おおらかにプレーする奴も、ミスで苛立つ奴も、サッカー関係ない時の、素の顔をずっと見てきたから、わかるんよ。わかる。
チームメイトの分析に時間をかけると阿久津に言われた葦人はいろんな選手と交わりどんな選手なのかを掴んできた。チームを考えた対話することによってチームメイトとの関係性を高めていく努力は仕事にも必要なことだと実感させられる。
仕事の中で物理的な距離ができたことによって仕事”関係ない時の、素の顔”を見ることができなくなってきて、なんとなく分かっていたことが分からなくなってきたここ最近の仕事現場にもとりあえず、手段はそれぞれの中でもガツガツ行って相手をしる必要が出てきているのかもしれない。実践した葦人はサイドバックの司令塔としてエスペリオンのユースの核となってきた。仕事場でのそれぞれはどうなるのかは自分たち次第なのかもしれない。葦人がそうなるにはサイドバックではないといけなかった。そのことも語られる。
葦人はなぜサイドバックなのか
葦人を見出した福田監督がこれまでで日本の最高のサイドバックは誰だったのかを自分なりに語る。思考するサイドバックとして世界の舞台で戦った内田篤人を挙げ、英雄の中の英雄だと語る。この物語の面白さとして実際のサッカー選手の名前や戦術が出てきてサッカーを見るヒントにもなるということはあるのだと思うけど今回の内田篤人についてはなぜこの人が偉大なのかということを作者の視点で分かりやすく紐解いていて、ここだけでも面白い。サッカー選手やサッカー好きにとっては当たり前の話なのかもしれないけど…そこまで深掘りできていない人にとって面白いということは大切なのかもしれない。
親との関係性を高校生で決着をつけることの重み
育児放棄されている中、サッカーで自分の命を活かそうと戦ってきた阿久津が母親から病院に入っていることについて連絡がきた。自分に目を向けてこなかった、クラブの関係者に「引き取ってもらえる」と言い放つ母親であっても母親であることには変わりなく、阿久津のプレイが今までと変わったことを葦人を始めとするチームメイトに見抜かれてしまう。そんな中で阿久津が決めたことは会って決着をつけること。他の選手にはない大きな戦いを持っている阿久津の本当の強さを感じさせる。
そんないろんなテーマがてんこ盛りで読んでいるだけで頭が持っていかれるような感覚になる内容の充実さがたまらなかった。勝負に決着がつく中でエスペリオンユースと青森星蘭高校の相容れないと思われていた監督同士の対話も選手たちに対する想いが溢れていてたまらない。物語自体はユースでの戦いを終えてプロとしての戦いが始まることを予期させるようなシーンで終わり、続きが気になって仕方ない。ユースでの戦い一旦の区切りとして読み応え抜群だった。
【オススメ度】
★★★★★
小檜山 歩
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