インタビューすればいいし、撮影すればいいと思う~足を切断した人へのインタビューと被害者の家族の撮影インタビュー

ニュージーランドの地震の写真が今日の新聞にたくさん載っている。怖いと思う反面。遠くの事として自分には起こらないと思っている自分に気づく。この気持ちは危ない。
そして、twitterで足を切断した被害者人にすぐにインタビューをするのはいかがなのか。とか、被災地に飛ぶ人を遠くから撮影すればいいのか。被写体の気持ちを考えろ。という書き込みが多く、それが共感の元、拡散している。
こひやまはインタビューすればいいし、撮影すればいいと思う。いやなら相手は拒否すればいいんじゃないのか。というより、拒否できない取材はしてないと思うし、信じたい。
やっぱり、当事者の話であるからこそ聞くべきだし、見ている人は聞くようになる。だからこそインタビューするし、撮影するんじゃないかな。

(追記)被害者の気持ちは他の人の心に訴える。他人向けの考える材料として扱えないなら被害者の気持ちを伝えるべきではない。という風になると思えるんだけど、どうなんだろうか。こひやまは人の心から多くの物を感じてきたからそれを考える材料とする事に大きな意義を見出す。
震災では親しい人を亡くしたりそういう人を見た経験はないし、気持ちを全く考えないわけではない。でも、経験がないのに安易に経験者の気持ちを想像するのは嫌だし、伝えるべき事でもあると思うから、その考えを貫くと思う。ジャーナリストを志す人間としてはそうなりたいと思うから。

まあ、マスメディア志望だからこう思うかな。

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小檜山 歩

コンサルタント日系総合コンサルティングファーム
渋谷のITベンチャー→日系人事コンサル。会社ではコンサルしながらCSRの活動もしてます。いろいろ無秩序につぶやきます。2017年5月から1年間タイでトレーニーとして働いてました。今は帰ってきて日本で働いてます。
小檜山 歩
渋谷のITベンチャー→日系人事コンサル。会社ではコンサルしながらCSRの活動もしてます。いろいろ無秩序につぶやきます。2017年5月から1年間タイでトレーニーとして働いてました。今は帰ってきて日本で働いてます。