言葉についての良文~嶽本 野ばら「ロリヰタ。 (新潮文庫)」~

言葉についての良文。この本については別途、意見も含めて「言葉が軽くなっている今だからこそ、人生の糧として読んで欲しい超良書~嶽本 野ばら「ロリヰタ。 (新潮文庫)」~」http://kohiayu.blog5.fc2.com/blog-entry-512.htmlに書いたけど。単独で引用する価値のある文章だと思う。なので別途、引用する。
小説家である主人公は伝えたいことが言葉で伝わらないということに悩む。そのことについて、9才の女の子と行う対話。本当に良文だと思う。

P154-157 「言葉なんて、思ったことの全部が、伝わらなくて当然なんだよ」
僕はその台詞に思わず、落としていた頭を上げ、僕の横に立つ君の顔を見詰めました。君は静かにいいました。
「私は、話すのが苦手で、それを治さなきゃと思って、一生懸命、自分が話すのが苦手な訳を、考えたの。モデルのお仕事をやる少し前くらいに。そしたら、解ったの。私は、自分の考えていること、思っていることを、相手に全部、ちゃんと伝えようとするから、話せなくなるんだって。気持ちって、言葉なんかじゃ、半分も伝わらないの。言葉ってそういうものなんだって思ったら、急に、楽になったの。相変わらず、お話するのは下手だけど、上手くなったって、どうせ全部、思ってることを伝えることなんて出来ないんだからと考えるようにしてからは、少しは人とちゃんとお話が出来るようになったよ」
「でも僕は作家で、言葉を使って全てを伝えなければならない仕事をしているんだ。僕は言葉を取ってしまったら、何も残らない」
「そんなこと、ない。だって、王子たまと、私はちゃんとお話が出来ているじゃない。私はまだ小学生だし、言葉を、大人で作家の王子たまより、とてもとても知らないの。だから王子たまが喋ることの中に、解らない言葉、一杯あるよ。メールなんか、読めない漢字が一杯あって、困るよ。でも王子たまが何をいおうとしているのかはちゃんと解るし、気持ち、伝わってるよ。もし、言葉だけで気持ち、全部、相手に伝えられるんだったら、メールの遣り取りだけで、満足出来ると思う。でも、いくらずっとメールし合っていても、直接、お話ししたくなるでしょ。それは、言葉が気持ちを伝えるんじゃなくて、気持ちを言葉が伝える為に、あるからだと思うの。――何か、自分でいってて、こんがらがってきたけど、いってること、王子たま、解る?」
「解る――」
僕は深く頷きました。
「お話の内容なんて、本当はどうでもいいの。お話ししているってことが、大切なの。一緒にお話ししているってことが、気持ちを伝えるってことなの。だから逢いたくなるの。Eホテルのお部屋で初めてずっと一緒にいた時、ずっとババ抜きして、お話しなんてしないで、寝ちゃったでしょ。私、スゴク愉しかったよ。お話なんてしなくても、王子たまのこと、どんどん好きになって、王子たまの気持ちに自分の気持ちが近付いていくの、感じてたよ。何かを伝える為に言葉はあるけど、でも言葉だけじゃ気持ちは少ししか伝えられなくて、だから好きになると、手を絡いだり、抱き締め合ったり、キスしたりしたくなるんだと、思う」
そうです。何を伝えるかが問題ではなかったのです。伝える内容よりも、伝えようとすることが重要なのです。拙い言葉でもいい。誤解を受ける言葉でもいい、伝えようとする必死さこそが想いを運んでくれるのです。君が寄越した最後の絵文字だけのメール。病院と破れたハートと爆弾のアイコン。それは幾千の選りすぐられた言葉より、僕の胸に突き刺さった。ヨハネによる福音書は「初めに言(ことば)があった」と世界の始まりを語ります。が、それは間違っているのです。初めに想いがあり、それを伝える為にきっと、言葉は生まれたのです。

The following two tabs change content below.

小檜山 歩

コンサルタント日系総合コンサルティングファーム
渋谷のITベンチャー→日系人事コンサル。会社ではコンサルしながらCSRの活動もしてます。いろいろ無秩序につぶやきます。2017年5月から1年間タイでトレーニーとして働いてました。今は帰ってきて日本で働いてます。
小檜山 歩
渋谷のITベンチャー→日系人事コンサル。会社ではコンサルしながらCSRの活動もしてます。いろいろ無秩序につぶやきます。2017年5月から1年間タイでトレーニーとして働いてました。今は帰ってきて日本で働いてます。