【ポイント】
1、アラブ革命を研究者の視点で分析する1冊のブックレポートを授業で提出したので、それを転載します、
2、「アラブ革命の裏を探る」のと「地域研究者の目線」がこの本のポイント
3、陰謀論や分かりやすさを大切にする内容ではなく、研究者として地味かもしれないけど、地に足がついた議論を行っている
【概要:アラブ革命を研究者の視点で分析する1冊】
アラブの春。チュニジアに端を発し、現在はシリアまで波及している民主主義を目指す、中東のいくつかの国家で発生した動乱の総称であり、チュニジアやエジプト、リビアなどでは政権が打倒されているが、シリアでは政権側が市民に対して厳しく弾圧を行っているにも関わらず、国連安全保障理事会は中国・ロシア両国の拒否権発動によって行動を起こすことが出来ない状態となっている。欧州連合などが制裁を加えようと試みているが、シリア政府軍による市民への弾圧は止まらないのが現状である。
2011年は日本人にとって忘れられない出来事が起こった年でもあった。しかし、中東のこれらの国々の人々にとっても忘れられない年になるだろう。2010年末から始まった運動によって、チュニジアではベン・アリー政権が崩壊した。この動きはエジプトにも波及し、ムバラク政権までもが倒れたのである。この2つの独裁政権が倒れたことが衝撃であり、Facebookを中心とするソーシャルネットワークを利用した若者による革命であると世界中で取り上げられた。このチュニジア・エジプト両国内での革命が結実し、リビアでの民衆運動が動き始めていた頃に、今回の<アラブの大変動>について、学術的な分析をまとめたのがこの本書である。FacebookやTwitterなどのSNSの力によって革命は達せられたとして革命当初から語られていた。そして、今でもそのような認識をしている人は多いと考えられる。
しかし、その理解はイメージに過ぎないかもしれないという危険性をはらんでいる。本当にSNSがあって、若者が居ればどこでも革命が起きるのか、という問いに対して、この両者が揃っていても革命が起こっていない地域があることから、SNSと若者の力だけによって、チュニジアやエジプトでの革命が起こったわけではない、と想像することが出来る。ならば、なぜこのような革命が生じたのか、ということについてこの本は研究者の視点から解き明かしていく。本書は、革命という目に見えている出来事のウラで、どのような見えないシステムや関係性によって中東の政治がこれほどまでに動いたのか、ということに注目して分析していく。英雄なき革命である今回の出来事がどのような背景によって起こったのか。技術革新や精神状態の変化、人間関係の変容など、様々な要因が考えられる。本書にはエジプトやチュニジアでの劇的な変化の中、2011年3月3日に行なわれたエジプトとチュニジアにおける大運動の原因を探るワークショップの内容を中心に、今回の中東の変容を地域研究者が様々な角度から分析を行ったものが収められている。この1冊には大切な2つの点がある。1つ目に目に見える現象を記しただけにとどまらず、その裏のどのような要因によって、ここまで大きな変動が起きたのか、ということを研究者の目線で、分析している事であり、2つ目に地域研究家という視点が生かされている、ということである。また、2011年2月現在の状況と比べると、少々、古い印象を受けるかもしれないが、状況が急激に変わっている中なので、致し方ない部分もあり、むやみやたらに未来語りしない点も本書が学術書であることを表しているのである。
【アラブ革命の裏を探る】
2010年末に端を発し、2011年に大きなうねりとなり、現時点でも続いているアラブ革命はチュニジアやエジプトで行われた革命を目指す活動がインターネットを中心にして行われたこともあり、FacebookやTwitterなどをはじめとするSNSと若者のつながりが注目された革命であり、現状においても、SNSと若者が革命を起こした大きな要因として取り上げられることが多い。その側面が全くないということは否定しないが、それだけを理由にするのは短絡的すぎるという主張を展開しており、この2つの革命の根っこの部分を考察している。
革命を起こした根本的な変化について、アラブ民族主義と若者の隔たりや高い失業率、若者の高い人口比率など、過去との比較などを通して、革命の原因をとらえている。また、政権が転覆した原因についても、国民が力で勝ち取ったものではなく、チュニジアやエジプトにおいて軍隊が政権を見限ったことが大きく影響しているという主張も根拠があるものとして、評価ができる。それは、政権と軍隊がある程度の協力関係を維持していたリビアにおいては、運動が内戦につながり、国際社会の介入にまでつながったことや、政府軍が機能しているシリアに至っては、未だに多数の死者が出ていることとの比較においても、エジプトやチュニジアの革命には政権に与しなかった軍隊の影響が大きいと考えることが可能であり、若者の力で革命が達成されたという短絡的な論法を否定し、様々な要因によって、アラブ革命は進んでいるというこの本の主張にうなずける部分は大きい。これがアラブ革命の華やかそうに見える表だけを見ているのではなく、研究者の視点で革命の裏側まで分析していると言える点である。
【地域研究者の目線】
この本では、国際関係論全般を扱っている研究者ではなく、中東に注目して分析を行っている地域研究者の議論が掲載されている。この点は、他のアラブ革命について分析を行う本とは異なる特色をこの1冊に持たせている。地域研究者というと、専門の地域以外のことや、さらに大きな枠組みである、国際機関についての知識が乏しいとされることもあり、この本の著者たちがそのような属性なのかは不明であるが、内容を読むと、地域研究者である、という点が上手く内容に活かされているように思えるのである。
この本で議論を行っている地域研究者たちは、もちろん、この革命が起こったから中東の地域研究者になったわけではなく、その前から中東地域の研究者であった。中東地域に注目していたにも関わらず、正直にここまでの革命が起こるとは予想できなかったと前置きをしたうえで、革命前に現地で手に入れた証言や記録を今回の革命に重ね合わせ、この革命からイスラム教と民主主義の関係の考察を行い、それぞれの独裁形態の比較によって革命が起こった理由をあぶりだそうとしている。また、これらの大きな革命がイラクやバーレーンなど、周辺の国々にどのような影響を及ぼしたのか、という分析にまでつながっており、研究者たちは、それまでの中東研究で培ったものを今回の革命の研究に生かしているのである。これがこの本を特徴の2つ目である、地域研究者のまなざしという点である。
【学術書としてアラブ革命をとらえる】
最初に述べたように、この本は2011年3月3日に行われた講演会をベースとして作成されており、リビアの革命も道半ばで内戦のさなかであり、シリアにおいては、安全保障理事会で決議案を議論しようとしている状態でまとめられたものであった。その後、リビアにおいてはカダフィ政権が倒れ、シリアに関しては、安保理での米仏英と中露の対立が鮮明になり、内戦が続いているにも関わらず、国際社会は大きな行動に移せない状況である。また、エジプトやチュニジアにおいては本書の中での指摘の通り、“本当の”民主化がいい形で進んでいないのが現状である。このように、本で書かれている事と現実には時間的に大きなギャップがあることや、リビアにおけるカダフィ政権の打倒の可能性について否定的な意見がみられるなど、現状との食い違いも見られる。加えて、最初に書いたように、この革命にヒーローを見出したり、若者のパワーを強調したりすることなどもしないため、少し地味な一冊であると受け取られる可能性も否定できない。しかしながら、陰謀論や分かりやすさを大切にする内容ではなく、研究者として、地に足がついた議論を行い、地域研究者ならではの細かい情報を駆使しながら、アラブ革命の本当の要因を分析したという点において、この本は現在進行形のアラブ革命を振り返り、少し落ち着いて考えるために一定の価値を持つ1冊である。
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小檜山 歩
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